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宇都宮地方裁判所 昭和44年(ワ)582号 判決 1971年8月27日

原告

大森光雄

ほか一名

被告

小林行雄

主文

一、被告は各原告に対し金一八三万三、〇八三円及びこれに対する昭和四四年四月二六日以降完済に至る迄年五分の割合による金員を支払え。

二、原告らのその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用はこれを一〇分し、その八を被告の負担とし、その余を原告らの負担とする。

四、この判決は原告ら各勝訴の部分に限り仮に執行できる。

事実

原告訴訟代理人は「被告は各原告に対し金二二九万一、三五三円及びこれに対する昭和四四年四月二六日以降完済迄年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、請求の原因として、

一、被告は、昭和四四年四月二六日午後五時頃、宇都宮市西川田町一〇四二番四二号付近路上を、通勤用に購入して所有していた自家用自動二輪車(第二種原付宇都宮市あ一八四号)(以下「被告車」と略称する)を運転し、勤務先より帰宅すべく宇都宮市大塚町方面から同市砥上町方面に向つて時速四〇粁位で西進中、同所の進路前方左側に駐車中の車両の陰から子供等の飛び出す危険のある状況であつたにも拘らず、減速徐行し、警音器を吹鳴するなど安全確認をせず、漫然と進行した過失により、折から同車両の陰から同道路を左側から右側に横断しようとした訴外大森光伸(当時三年九月)に自車を衝突せしめ、因つて同人を頭蓋底骨折により死亡させた。

二、原告らは被害者光伸の父母で、光伸の共同相続人である。

三、本件死亡事故により光伸は次のとおり得べかりし利益金四五八万二、七〇六円を喪失した。即ち光伸は昭和四〇年七月一四日生れで当時三年九か月、健康な男児であつた。四才の男児の平均余命は六三・二七年で、その間一八才から六〇才迄稼働するものとして、その間の年間給与による収入額は五七万五、五〇〇円(労働省労働統計調査部の調査による昭和四一年度統計による全国男子全労働者の平均収入)で、年間消費支出分は右収入の五割として、年間の純益は二八万七、七五〇円であるから、右稼働期間中の年金的純収益の全額から、ホフマン式計算法に従い、年五分の中間利息を控除し、事故時における一時払の額を換算すると金四五八万二、七〇六円となる。

四、原告らは長男光伸を奪われ、測るべからざる精神的打撃を受け、これが慰藉料としては、各一五〇万円合計金三〇〇万円をもつて相当とする。

五、よつて、原告らは被告に対し、合計金七五八万二、七〇六円の損害賠償請求権を有するところ、自賠法第七二条により政府から金三〇〇万円の損害の填補を受けたので、各原告はこれを控除した残額金四五八万二、七〇六円の二分の一に当る金二二九万一、三五三円及びこれに対する昭和四四年四月二六日以降完済迄年五分の割合による遅延損害金の支払いを求めるため本訴に及んだ。

と述べ、被告の抗弁に対し、

本件事故は被告の前示過失によつて惹起されたものであつて、原告側には被告主張のような過失は全くない。

と答えた。〔証拠関係略〕

被告訴訟代理人は、「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求め、請求原因に対する答弁として、

原告主張の日時・場所において、被告が通勤用に購入所有していた被告車を運転して宇都宮市大塚町方面から砥上町方面に向つて走行中、同道路を左側から右側に横断しようとした訴外光伸(当三年九月)と衝突し、同人が頭蓋底骨折で死亡したこと、原告らが同人の父母で共同相続人であること、原告らが自賠法第七二条により政府から金三〇〇万円の填補を受けたことは認めるが、その余の点はすべて否認する。

と述べ、抗弁として、

訴外光伸は現場に駐車中のライトバン(コルト)の陰より道路に向つて直角に飛び出して来たものであつて、被告はこれを約一・二メートル手前で発見したが、急ブレーキをかけても衝突を避けることは全く不可能な状態であつた。被告において、訴外光伸の飛び出しを予見し、事故を回避することは全く不可能な状況で、本件事故は専ら被害者の突然の飛び出しに因るものであり、またこのような行為に出る子供を放置していた監督義務者の過失に因るものであつて、被告には全く過失はない。被告車には構造上の欠陥または機能障害はなかつた。従つて被告は免責さるべきである。然らずとするも、本件事故は被告の過失だけではなく、被害者光伸の過失及び監督義務者の過失が競合して惹起されたものであるから損害額算定に当り斟酌さるべきである。

と述べた。〔証拠関係略〕

理由

昭和四四年四月二六日午後五時頃、宇都宮市西川田町一〇四二番四二号付近路上において、被告が通勤用に購入して所有していた被告車を運転し、宇都宮市大塚町方面から砥上町方面に向つて西進中、同道路を左側から右側に横断しようとしていた訴外大森光伸(当時三年九月)と衝突し、同人が頭蓋底骨折により死亡したこと、原告らが同人の父母であつて共同相続人であることは当事者間に争いがない。

被告は自賠法第三条但書による免責事由を主張し、被告車に構造上の欠陥及び機能障害のなかつたことは原告らにおいて明らかに争わないところであるけれども、〔証拠略〕を総合すると、本件事故現場付近道路は幅員四・五米で北側には宇都宮市立姿川中学校の高さ約四二糎の土堤があり、土堤の北側は同中学校の校庭になつており、同道路の南側は訴外小田切功忠、同小田切康祐等の人家が並んでいる場所であるが、当時同道路左側(南側)訴外小田切功忠方前付近の路肩に接して二トン積み高さ約二・五米箱型の車両及びその前に普通貨物自動車が縦隊に並んで駐車しており、駐車車両の前方は陰になつて見透しができない状況であつたが、被告は被告車を運転して時速約四〇粁で、勤務先から帰宅のため同道路を砥上町方面に向けて走行中、右駐車車両の右脇を通過しようとしたところ、同車両の陰から一人の子供(訴外小田切康祐の子、光功)(当時六才位)が飛び出し同道路右側(北側)に向つて横断し、土堤を越えて校庭に行こうとしているのを約二六米手前で目撃し、危いと感じながら、駐車車両の陰から引き続いて飛び出して来る子供等はいないものと軽信し、減速徐行したり、警音器を吹鳴するなど危険防止の措置をとらず、そのまま漫然と約二六米進行したところ、右駐車車両の陰で、約一・七米左斜めの地点に本件被害者の光伸(三年九月)が同道路北側(右側)に向つて駈け出して来たのを発見したが、急制動など避譲の措置を講ずる間もなく、同所から前方一・八米進出した地点で光伸に被告車の前輪左側部分を衝突させて、同人を約七・九米先に跳ね飛ばし、頭蓋底骨折の傷害を負わせ、よつて同日午後五時二〇分死亡せしめるに至つたこと、原告光雄は事故当日宇都宮市内高瀬病院に入院中であり、原告資子は光伸の弟二人を同市佐藤小児科病院に治療に連れていつて留守であつたが、同原告はその留守中、被害者光伸の叔父である訴外小田切康祐(大正一二年一〇月五日生)に光伸をあずけ、監督してくれるよう頼んでおいたこと、訴外康祐は自分の子である訴外光功(六才位)と共に光伸を前記姿川中学校の校庭に連れて行つて遊ばせていたが、中途で二児を校庭に置いたまま同道路南側の自宅に帰つてしまつたところ、二児はこれを追つて一旦同訴外人宅に帰つたが、再び同校庭に戻ろうとしたものであり、最初に光功が同道路を横断し、続いてその後を追うようにして光伸が横断をしようとして駐車車両の陰から駈け出した際被告車に衝突されたものであることが認定され、この認定に反する証拠はない。以上によれば本件事故は被告において駐車車両の陰から子供などが飛び出して来る危険が十分予期される状況であつたのに、減速もせず、警音器を吹鳴するのでもなく漫然と時速四〇粁で進行した過失と被害者光伸が駐車車両の陰から突然飛び出したことが原因で惹起されたものと認められる。人家があり、一人の子供が見透しのきかない駐車車両の陰から飛び出し、向いの校庭に行くため道路を横断したのを認めたのであるから更に同様子供達の横断が予想されることは当然である。子供の飛び出しは全く予見できないとの被告の主張はいわれがなく、被告の免責事由ありとの抗弁は採用できない。然しながら前示認定のところによれば、訴外小田切康祐は原告らに代つて当時三才九月の幼児に過ぎない光伸を監護すべき義務があつたのに光伸が駐車車両の陰から突然飛び出して道路を横断しようとするような状態のまま放任したという監護義務違反があつたと認められ、康祐の右過失は被害者側の過失として損害額の算定に当り参酌すべきを相当とする。結局被告及び被害者側の過失の割合は八対二であると認められる。

ところで、〔証拠略〕によれば、光伸は原告らの長男で事故時三年九月の健康体の子であつたことが認められるので、光伸の得べかりし利益を控え目に算出してみるに、同人は将来一八才から六〇才迄稼働可能と見られるから、その間の年間給与による収入額を労働省労働統計調査部の昭和四一年度調査による統計により全国男子全労働者の平均収入額をみると金五七万五、五〇〇円である(光伸の両親である原告らの職業・学歴・収入、光伸の素質等諸般の事情を勘案するに光伸の将来得べかりし収入額を右統計により算出することは控え目な方法をとる限り不合理なものとして排斥するわけにはいかない。)そして年間消費支出分は収入の五割とすると、年間の純収益は金二八万七、七五〇円である。右年金的純利益の現在価を年五分のホフマン法により中間利息を控除して算出すると金四五八万二、七〇六円となる。

而して、被害者側にも前示割合による過失が認められるのでこれを斟酌すると、右得べかりし利益の喪失による損害のうち被告が賠償すべき額は金三六六万六、一六五円(円未満四捨五入)をもつて相当とする。従つて、原告らは各二分の一の割合による金一八三万三、〇八三円(円未満四捨五入)の損害賠償請求権を相続により承継したことになる。

また、原告らが光伸を失つたことによる精神的苦痛に対する慰藉料は、前示過失の割合、原告らの家族関係、光伸の年令、身分関係、その他諸般の事情を勘案するに各金一五〇万円合計金三〇〇万円を相当と認める。

原告らが自賠法第七二条により政府から各金一五〇万円合計金三〇〇万円の損害填補を受けたことは当事者間に争いがないので、これを控除すると、被告は各原告に対し金一八三万三、〇八三円を賠償支払うべき義務があることになる。

よつて、原告らの請求は各金一八三万三、〇八三円及びこれに対する昭和四四年四月二六日以降完済迄年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度において正当として認容することにし、その余の請求は理由がないので棄却することとし、民事訴訟法第八九条、第九二条本文、第九三条第一項本文、第一九六条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 三井喜彦)

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